最終更新日 2025年8月6日
「まさか、うちの会社で…」。
労働トラブルは、ある日突然、何の前触れもなくやってくるものです。
こんにちは。
社会保険労務士の三浦健太です。
横浜で社労士事務所を開業し、10年以上にわたって中小企業の経営者様や人事担当者様と共に、数々の「現場」に立ち会ってきました。
この記事は、単なる法律や制度の解説書ではありません。
私が実際に経験してきた「現場のリアル」なケーススタディを通じて、従業員トラブルの“落とし穴”と、その実践的な解決策をお伝えするものです。
この記事を読み終える頃には、トラブルへの漠然とした不安が、具体的な「備え」に変わっているはずです。
ぜひ、あなたの会社の状況と照らし合わせながら、読み進めてみてください。
目次
よくある従業員トラブルの“落とし穴”
トラブルの種類と背景とは?
ご存じですか?
中小企業で起こる従業員トラブルの多くは、いくつかのパターンに集約されます。
例えば、残業代の未払い、ハラスメント、突然の解雇、そしてメンタルヘルスの不調などです。
これらの問題は、経営者や担当者の「これくらい大丈夫だろう」という小さな油断や、法的な知識不足から生まれることが少なくありません。
特に、日々の業務に追われる中で、労務管理が後回しになってしまうケースは非常に多いのです。
見落とされがちな初期対応のミス
トラブルが発生したとき、最も重要なのは「初期対応」です。
しかし、これ、意外と見落とされがちです。
感情的になったり、その場しのぎの対応をしてしまったりすることで、問題はさらに複雑化し、解決が困難になってしまいます。
最初のボタンを掛け違えると、後から修正するのは至難の業なのです。
中小企業に多い誤解と対応のズレ
「うちは従業員も少ないし、家族みたいなものだから大丈夫」。
このような言葉を、私は何度も耳にしてきました。
しかし、その「家族のような関係」に甘えてしまうことこそが、トラブルの温床になることがあります。
法的なルールと、社内の人間関係は、分けて考えなければなりません。
この認識のズレが、いざという時に大きなリスクとなって会社に跳ね返ってくるのです。
ケーススタディ①:突発的な解雇トラブル
ある飲食店での「感情的解雇」事例
神奈川県内で数店舗を展開する飲食店での出来事です。
店長が、勤務態度の悪いアルバイトスタッフに対し、カッとなって「もう明日から来なくていい!」と告げてしまいました。
いわゆる「感情的な解雇」です。
後日、そのスタッフから「不当解雇だ」として、労働組合を通じて慰謝料などを請求する通知が届き、経営者は頭を抱えてしまいました。
法的リスクとその回避策
日本の法律では、従業員の解雇は厳しく制限されています。
客観的に合理的な理由がなく、社会の常識から見て相当と認められない解雇は「不当解雇」として無効になる可能性が高いのです。****
不当解雇と判断されれば、会社は解雇期間中の給与(バックペイ)や、場合によっては慰謝料の支払いを命じられることもあります。
今回のケースでも、最終的には数百万円の支払いで和解することになりました。
このような事態を避けるには、日頃から従業員の勤務態度について記録を取り、注意指導を複数回行い、それでも改善されない場合に初めて解雇を検討する、という正規のプロセスを踏むことが不可欠です。
三浦社労士のアドバイス:感情よりプロセスを優先せよ
経営者や管理職の感情は、時に大きな経営リスクとなります。
腹が立つ気持ちは痛いほど分かりますが、一度立ち止まってください。
トラブル対応で最も重要なのは、感情を横に置き、法的なプロセスを淡々と、そして正確に進めることです。
その冷静な判断が、最終的に会社を守ることにつながります。
ケーススタディ②:メンタル不調による休職・復職対応
中堅社員が突然の休職…どう動く?
あるIT企業で、将来を期待されていた30代の中堅社員が、ある日「心の不調で、しばらく休みたい」と申し出てきました。
突然の出来事に、経営者も人事担当者も「どう対応すれば…」と戸惑ってしまいました。
診断書には「うつ状態」と書かれており、ひとまず休職を認めることに。
しかし、問題はその後、復職のタイミングで起こりました。
企業の対応義務と“見えにくい配慮”
企業には、従業員が心身ともに健康で安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。
メンタル不調者への対応は、この義務の根幹に関わる重要な問題です。
休職から復職へのプロセスでは、主治医の「復職可能」という診断書を鵜呑みにするだけでは不十分です。
会社として、本当に業務に耐えられる状態かを見極める必要があります。
具体的には、産業医と連携して面談を行ったり、勤務時間を短縮する「試し出勤制度」を活用したりするなど、段階的な復帰プランを本人と話し合いながら進めることが求められます。
こうした“見えにくい配慮”が、再発を防ぎ、安定した就労につながるのです。
三浦社労士の視点:制度と人間関係の間でバランスをとる
メンタルヘルスの問題は、制度だけで割り切れるものではありません。
休職中の定期的な連絡や、復職後の業務内容への配慮など、人間的なコミュニケーションが非常に重要になります。
一方で、過剰な配慮が他の従業員の負担増や不公平感につながらないよう、会社として毅然とした態度でルールを適用する場面も必要です。
この制度と人間関係のバランスを取ることこそ、社労士としての腕の見せ所だと感じています。
ケーススタディ③:ハラスメントの内部通報と対応
典型的な「対応に悩むケース」
「部長からパワハラを受けている」と、匿名のメールが人事部の相談窓口に届きました。
しかし、通報者は名前を明かしておらず、具体的な事実関係も曖昧です。
一方で、パワハラを指摘された部長は、社内でも人望が厚い人物。
「一体、誰の言い分を信じればいいのか…」。
これは、ハラスメント対応で非常によくある、典型的に悩ましいケースです。
就業規則や相談窓口の活かし方
2022年4月から、中小企業でもパワーハラスメント防止措置が義務化されました。
就業規則にハラスメントに関する規定を盛り込み、相談窓口を設置・周知することは、今や会社の必須事項です。
通報があった際は、まず通報者のプライバシーを厳守し、不利益な扱いをしないことを明確に伝えた上で、事実関係の調査を開始します。
通報者、行為者、そして必要に応じて第三者から、公平な立場でヒアリングを行うことが鉄則です。
三浦社労士の示す“信頼回復”へのステップ
ハラスメント問題で最も大切なのは、調査の結果、会社としてどう判断し、どう動くかです。
事実が確認された場合は、行為者への厳正な処分と、被害者へのケアを迅速に行わなければなりません。
たとえ事実が確認できなかった場合でも、「調査を尽くした」という姿勢を社内に示すことが重要です。
公平な調査プロセスこそが、失われかけた従業員の信頼を回復する唯一の道なのです。
ケーススタディ④:労働時間と未払い残業の指摘
実務上よくある「黙認残業」の危うさ
ある製造業の会社では、タイムカードは定時で打刻させ、その後のサービス残業が常態化していました。
経営者も「みんなが頑張ってくれている」と、それを黙認していました。
しかし、退職した従業員の一人が、労働基準監督署に「未払い残業代がある」と申告。
ある日突然、労基署の調査官が会社にやってきました。
労基署の是正勧告と会社のリアクション
労基署の調査の結果、会社には「是正勧告」が出されました。
過去に遡って未払い残業代を支払うよう指導されたのです。
是正勧告自体に法的な強制力はありませんが、無視すれば書類送検され、罰則が科されるリスクもあります。
経営者は慌てて過去の勤怠記録を洗い出し、多額の未払い残業代の支払いに応じることになりました。
三浦社労士の実務対応:見直すべき“日常運用”
このケースの根源的な問題は、「黙認残業」という日常の運用にありました。
トラブルは、こうした日々の小さな歪みが積み重なって、ある日突然、大きな問題として噴出します。
私の仕事は、単に是正勧告に対応するだけではありません。
勤怠管理の方法、業務の分担、評価制度など、会社の「日常運用」そのものを見直し、二度と同じ問題が起きない仕組みを経営者と一緒に作り上げることにあります。
トラブル防止のためにできること
就業規則と運用の見直しポイント
トラブルを防ぐ第一歩は、会社の憲法である「就業規則」を整備し、形骸化させないことです。
あなたの会社の就業規則は、今の法律や実態に合っていますか?
- ハラスメント防止規定は明確か?
- 休職・復職に関するルールは整備されているか?
- 労働時間や残業に関するルールは実態と合っているか?
定期的に見直し、従業員に周知徹底することが重要です。
定期的な労務リスクチェックのすすめ
車の車検と同じように、会社の労務管理にも定期的な「健康診断」が必要です。
気づかぬうちに、どこかにリスクの芽が育っているかもしれません。
専門家である社労士などを活用し、年に一度でも労務リスクのチェックを行うことで、多くのトラブルは未然に防ぐことができます。
経営者・人事担当者への具体的アドバイス
ぜひ、一度立ち止まって、自社の労務管理を振り返ってみてください。
「うちは大丈夫」という思い込みが、一番の“落とし穴”かもしれません。
まずは、従業員が安心して相談できる窓口があるか、勤怠管理が正確に行われているか、といった基本的な部分からチェックしてみることをお勧めします。
まとめ
ここまで、4つのリアルなケーススタディを通じて、従業員トラブルの現場を見てきました。
そこから見えてくるのは、制度や法律だけでは測れない“現場”の重要性です。
- トラブルは「起きる前の準備」が鍵:問題が起きてから慌てるのではなく、日頃から備えることが何より大切です。
- 感情よりプロセス:冷静な判断と、法に則った手続きが会社を守ります。
- 日常運用の見直し:トラブルの芽は、日々の業務の中に潜んでいます。
- 専門家との連携:一人で抱え込まず、外部の専門家の視点を活用しましょう。
トラブルは、会社がより良く変わるための「きっかけ」にもなり得ます。
この記事が、あなたの会社をより強く、より良い職場にするための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
最後に、私からあなたへ。
どうか、現場で働く従業員の声に、もっと耳を傾けてみてください。
そこに、すべての答えのヒントが隠されています。